【参加レポ】熊本地震復興支援TRPGコンベンション 『#復興コン』(1:前日移動04/28まで)

熊本地震復興支援TRPGコンベンション 『#復興コン』[2017/04/29-30]
くまもと県民交流館パレア 9F 会議室1(会議室2、10F 会議室8)

2017年4月29日、30日に熊本で行われた #復興コン への参戦記録です。
1参加者の駄文としてさらっと流して下さい。

同田貫さんを含めて熊本勢が大分に来県したのが昨年12月。
その際に復興コンの告知もあり、そしてあのコミュ力を発揮しての振り。
その時点ではまだマスターが不足しているという話しも。
被災地の一部でもある大分から参加が無いのも主旨を考えればよろしくないよなと。
そこからは嫁に頭を下げる(*0)月間となり年末ギリギリに予約メールを入れました。

まあマスターが多ければ何かお手伝いだけでも・・・と思いきや、1月早々にアレをやらかしちゃいましてね。(*1)
自分の所のコンベンションを開催するのも大変な事態(*2)だったので、大変申し訳無いが余所を手伝う事もままならない状況でした。
仕事的にも集中的に忙しい時期や出張が入り、準備時間が削がれていく。っていうか今年は例年とは比べものにならない忙しさ。
3月までに紹介文を送る必要があったため、1,2月でテスト出来たシナリオ2つをエントリーすることとなった。
プレイヤーの卓決定プロセスが分からなかったが、規模的にDACに近い感じだった上、クラウドファンディングでゲストなどは決まるようなので事前作成の情報を出す予定とした。
正直シナリオ的に時間が足りないと思われるので、DACなどで行っているように事前に序盤の情報出しを行う紹介文を出した。
その為に序盤に戦闘らしい戦闘が無いシナリオを選定しました。
結局わからない部分は規模感の近そうなDACを基準に考えてしまっていた。
まあゲストが来て何かしらのイベントがあると思われるので。

その後の2回しかないテストで片方しか立たず。
(このとき同じ大分から#復興コン参戦のGILさんも片方しか立たず。両方が同時に立たなかったのはフラグが立っていたのかもしれない・・・)
さらに一般プレイヤー予約に
 >先着順にて対応させて頂く予定ではございますが、応募者多数の場合は、抽選とさせていただきます。
とあったのでどの段階かで卓決めに関する情報が出る事を待ってた・・・が中々出ないなーと思っていた。

結局プレイヤー決定のプロセスが分からないまま。
大分でプレイヤー参加する人に聞いてみたが、別段希望確認は無いとの事。
この辺りで間違っていた事に気がつく。
非常にまずいと考え、ハロウカードによるヒーローポイントを使う方向に変更。
さらにこのルールの一部を改変して星カードを使いやすくする事で情報を出やすくする。
このあたりの印刷関係を先に行い、直前の出張中にサイトに情報を上げる。
そして出張から戻り準備をウチのボンボンボーイ(*3)に邪魔されながら、当日予定より少々遅れて出発。

この日までに運転は出来るように頑張った。
仕事の絡みで本来週2はリハビリを行う必要があったが、3週に1度という間隔まであいていたのだが。
膝の曲がりは医者もこの段階にしては良いとのこと。リハビリの先生からはこの段階で普通に歩けているのはすごい(他の筋肉に負担がかかっているけど)。
やっと前の週のレントゲンで「骨がくっつき始めたと思われる場所が見えた」との事。
大きな何かが無ければずれる事はないと思われるのでキット大丈夫!
まあそもそも週頭には千葉に出張、戻って車運転移動で出回り仕事だったからな。
行けない理由は無い。

とはいえ振動が多い状態で足を曲げたままにしていると痛みが出る。
これは出張時の電車移動などでも痛みが出る事は分かっていたので、結構こまめに休憩を入れる必要があった。
なので前日移動は必須。
さらに荷物の関係で車にはあと1名の同乗が限度。
この条件でかつPathfinderの話も出来て直前までシナリオチューン出来るような話が出来るElMuseさんに同乗してもらうこととなった。ありがとう^^

今回は経路が別府経由となるため、九重まではそのまま高速を使う。
大分でも別府-由布-九重と震災の影響があったラインを通過する流れだ。
九重町から宝泉寺、小国へ抜けるルートを選択。


小国町で休憩と兼ねて昼食。

確かソバが有名だったなと蕎麦を選択。

旨かった。自分の選んだヤツは細めの麺だったがしっかり食感があった。
少々回復し、移動を続ける。小国から中津江、菊池を抜けるルートを攻める。
月曜から仕事がある為、日曜日中に大分に帰る計画なので、多分周辺を回れるのは移動日しか無いのでなんとか明るいうちに着きたい。
しかし再度痛みが出てきたので、立ち寄れそうな場所を探す。
道の駅泗水とあったのでそこに立ち寄る。

裏に何か城っぽいものがあり、向かってみる。
ここには孔子公園という場所があった。

一巡りしつつ急いで向かう。
KKFが行われているはあもにい(*4)を抜けてホテルへ到着。

到着後、まずは会場の場所を確認。
そして急いで熊本城へ向かう。
何とか明るいうちに着いた。
もちろん何度も来た事がある城なので、今の状態を見るというのも今回の目的。

自分はあの震災の何日か前に上益城辺りの仕事に来ていたり、当日も仕事で影響のあった方面へでる予定だった。
自分の仕事は中止となったが、熊本出張に出ている人が居る事に気がつき、さらに阿蘇大橋の崩落や57号線の土砂崩れの情報も入ったため連絡対応をしたり。
幸い自分の家ではモニターアームからモニターが落ちたりした程度で目立った部分での被害は無かった。
仕事で行く先はかなりな影響があった。
また息子は地震のアラームがかなりショックだったようで、あの音や似た音を怖がる。

熊本城というシンボルは石垣が崩壊してもなお、シンボルで有り続けて居るわけで。
自分達が崩壊する前も後も見た世代となるわけで、子供は崩壊前を見た事が無い世代になる。
復興だけで無く様々な事を伝える事も必要なのかな。
(´-`).。oO(まだ熊本城でネコパーティーの話くらいしかしてないなー。)
そして熊本城はある意味シンボルとしてだが、自分の関わる部分ではやはり阿蘇を中心に未だ影響の大きい場所の復興を願う。

そんなわけで、今回は熊本にお金を落とすというのが望まれている事。
地元を差し置いて・・・という部分は棚に上げて。
理由を付けていいものを!と食事へ。
絶対余裕が無くなると思い、馬刺しを初日に。
ホテルでもらったマップを元に探し、何とか「けんぞう」という店に入る。

お酒飲まない2名でコーラとジュース。馬刺しとたたきを堪能。
うめー!ぷはー!(コーラで)
こういう系統の店、お酒飲まない人だけでは普通ためらうからな。
おいしいものも頂いてホテルに戻る。

明日明後日の準備をせっせと行う。
ちなみにホテルにはサブの液晶モニタを持ち込んでの作業。(*5)
ああ、やっぱりあった方が楽。移動には邪魔だけど。
会場のネット(電波)状況とか全く分からないのでモンスターデータなどをローカルでブックマークする。
これ同期していると環境変わると使えないので避けてたけど、多分時間的にやらないとまずいと。
紙では荷物が増えるため、やむなく止めたので。
そして荷物も移動モードから切り替え、翌日へ望むのでした。


*0 なお結婚記念日が4月29日の模様。

*1 右膝膝蓋骨骨折。

*2 特に2月は他のスタッフ全員が身内の不幸や県内不在などが分かっていて参加出来ない状態だった。

*3 なぜか出発日の午前中は保育園休んでたので、前日夕方から出発当日は遊ぶ気はじけていた様子。

*4 熊本市男女共同参画センターはあもにい

*5 つーてもモバイルモニターですがね。

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